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2024年10月27日 日曜日

参加者:3名


ジェンダーロールを乗り越えようの会 第三回

「ポスト近代家族とジェンダーについて」



性別を捉え直すための言葉「セックス」と「ジェンダー」


性別について考える時、「セックス」と「ジェンダー」の違いがよく話題になります。セックスは生物学的な性差、ジェンダーは社会的・文化的な性差と簡単に説明できますが、これは本当にそんなに単純な話でしょうか?


ジョン・マネーは、ジェンダーが教育や社会の影響によって形作られると考えました。しかし、ジュディス・バトラーは、セックスそのものも社会的な影響で「男」や「女」として認識されることから、実はセックスもジェンダーの一部だと主張しています。この視点からすると、私たちは生物学的な性別も、社会の枠組みや言葉を通じて認識している可能性があるのです。セックスとジェンダーという言葉の差異をどう捉えるかは人によって様々です。この言葉をどう捉えていくのかに目を向けたとき、性別を捉え直すための新たな視点が得られるのかもしれません。


性別を語る時、言葉によって男と女という二つのカテゴリーに分けようとするのは、人間の「整理したい」欲求なのかもしれません。しかし、ホルモンレベルや身体の特徴は個人差が大きく、測定する日によっても変わるほどです。男と女の二分法では捉えきれないことが多い中、どのように性別を捉えていけばいいのでしょうか。





言葉以外で捉える感覚と視点


性別を考える上で、私たちはどうしても言葉に頼って分類したり整理しようとします。しかし、言葉には目的意識が含まれがちです。目的を持たず、ただ「感じる」ことはできないのでしょうか。たとえば、花火の緑と木々の緑を同じ「緑」として分類してしまうことは、色そのものの違いを見逃しているのではないでしょうか。ジュディス・バトラーのいう言語の「パフォーマティビティ」によって性別が形成されていくように、男らしさや女らしさを表現する言葉の枠に人を縛ってしまうことは、その人自身が持つ豊かな多様性を見過ごしてしまうかもしれません。LGBTQIAと、言葉では分類しきれない文字と文字の間の性も、虹色のグラデーションによって視覚的に表現されています。カテゴリーされないその間を、言葉では表現できない視覚で捉えようとすることは、ジュディス・バトラーのいう言語のパフォーマティビティ(遂行性)だけでなく、言葉以外の視覚的なビジュアルや身体表現において性別を捉えていくことも可能だということを示唆しているのではないでしょうか。




ポスト近代社会と家族の崩壊


家族の形は時代とともに変化してきました。産業化が進む近代社会では、人々は集団や組織の中で「管理」される存在とされ、家も一つの管理単位として機能していました。たとえば、日本では戦後の経済発展に伴い、会社を「家」のように捉える考え方が広がり、集団行動を重んじるサラリーマン文化が形成されました。家庭も会社の一部と見なされ、家族は組織の延長線上に置かれていたのです。


しかし、こうした家族や世帯の在り方は、現在では大きく変化しています。伝統的に、男性が一家の大黒柱として働き、女性が家庭を管理するという社会構造が一般的でした。この背景には、夫が妻を扶養することで受けられる税制上の優遇措置や、専業主婦を優遇する仕組みが関わっており、女性が103万円以上稼ぐと不利になるように設計された制度などによって家族の形が形成されてきました。しかし、経済状況の変化や男女の役割に対する意識の変革により、共働き世帯が増加し、男性が一家の大黒柱として働くという従来の形は機能しなくなりつつあります。


韓国では戸籍制度を廃止し、個人単位での管理を進める動きが見られます。個人単位での管理が進む社会では、日本で議論されている選択的夫婦別姓の問題も解決しやすくなるでしょう。結婚式が家族単位のつながりを象徴するものではなく、個人同士の合意や納得を重視する形に移行しつつあるのは、人々が個人単位で考えるようになってきたためと考えられます。さらに、今年から年金の受給額が世帯ごとではなく個人で算出されるようになったことも、こうした流れの一環といえるでしょう。



「感じやすい体」とは?


日常生活で、私たちはつい目的や意味に縛られがちです。しかし、目的意識を手放して、ただ「ぼーっと」眺めたり感じたりすることができれば、言葉では捉えきれないものが見えてくるのかもしれません。自分の内側を見つめる際、「点検」するという言葉もありますが、必ずしも意識的に内省するだけが答えではないかもしれません。ただ、そこにあるものを感じ、体験する「感じやすい体」が重要なのではないでしょうか。


踊りの中で、動きの中に不意に「男らしさ」や「女らしさ」を知覚することがあります。しかし、踊りが「男性的」「女性的」といった固定観念から解放されることで、より純粋に体を動かすことができるのかもしれません。性別に期待を持たず、ただ体そのものを感じ、期待や役割から自由になることで、私たちは人間という枠組みをも超え、ただ「体」として動くことが可能になるのではないでしょうか。


ポスト近代の家族やジェンダーのあり方について考える中で、時には言葉を超えて、ただ体で感じることが必要だと感じました。これからの勉強会でも、こうした視点を大事にして話を深めていけると良いかもしれません。




今後の課題


多様な性や家族観が求められる現代において、私たちは言葉や制度がもたらす枠組みについて再考する必要があります。家族や性別のあり方を言葉だけでなく、多角的に見つめ直すことが重要です。 



1. セックスとジェンダーの言語理解と使い分け

   生物学的な性(セックス)と社会的・文化的な役割(ジェンダー)に対する一般概念の理解と、その使い分けを学ぶことが必要です。言葉が持つ力と限界を知り、セックスとジェンダーを意識的に区別して捉えることは、相互理解を深める上でも、新たな解釈を提示する上でも重要です。


2. 言語以外のパフォーマティビティによるセックスの定義づけ  

   言語だけでなく、身体表現やビジュアル表現など、非言語的なパフォーマティビティによる性の理解も試みることが課題です。これにより、言葉だけに縛られない多様なアイデンティティの捉え方が可能になるでしょう。


3. 社会の制度による家族形成のあり方の関係性の理解  

   社会制度が家族の在り方にどう影響するのかを理解することも重要です。制度によって家族形態がどのように規定され、個々人の生き方や価値観にどのような影響を与えるかを学ぶことで、多様な家族観や制度改革についての考察を深めることが期待されます。


これらの課題に取り組むことで、ポスト近代の家族やジェンダーのあり方についても新たな視点を提供できると考えています。



まとめ:ダンシロウ





参考文献:


「ジェンダー論をつかむ」
千田有紀(せんだ ゆき)・中西祐子(なかにし ゆうこ)・青山薫(あおやま かおる)著

第1章 性別をとらえなおす

第2章 家族とジェンダー


三名の著書によって執筆されたジェンダー論の基本的な枠組みを紹介する入門書です。本書は、ジェンダー秩序に関する理解を深める手掛かりとなるでしょう。「です・ます」調で書かれた親しみやすい一冊。






2024年9月29日 日曜日


ジェンダーロールを乗り越えようの会 第ニ回

「多様化する家族と子どもの権利について」


参加者数:3名


家族になる?養子の戸籍のリアル


戸籍上、普通養子縁組で迎えた養子は「養子」、実子は「長男」と表記されます。養子縁組には、実親の親権が残る普通養子縁組と、親権が消える特別養子縁組の2つがあります。養子を実子として育てるのか、オープンに養子であることを伝えるのかは、家庭や時代によって異なります。妊娠期間中に別の場所で過ごして、養子であることを隠す家庭もありますが、時代とともに、オープンにする方が生きやすいという選択も増えてきたようです。この戸籍上の表記が家族の在り方にどんな影響を与えるのか、考えさせられます。


日本では同性婚がまだ認められていませんが、年下のパートナーを養子にすることで、同じ苗字を名乗り、同じ戸籍に入る方法を取る同性カップルもいます。興味深いことに、戸籍上ではこの場合も「養子」として表記されます。しかし、法律上の夫婦でない限り、特別養子縁組によって子どもを迎え入れることはできません。(普通養子縁組の場合は一人で養子をとることができる)そのため、子どもを育てたい同性カップルは里親制度を利用するケースが多いようです。ただし、里親制度の場合、戸籍上での親子関係は記載されず、生みの親が親権を保持することになります。



不妊と家族:制度の違い


アメリカの一部の州やギリシャ、ロシア、ジョージア、ウクライナでは、家族の新たな形として代理母出産が法律で認められています。不妊に悩むカップルにとって一つの選択肢となる一方で、子どもの福祉への懸念も指摘されています。スウェーデンでは、親を知る権利が重視され、代理母出産は認められていませんが、精子提供者の情報開示や養育費の義務化など、子どもの権利を守るための法律が充実しています。不妊治療や体外受精、卵子凍結など、さまざまな方法を模索するカップルが多くいますが、不妊に悩む家族の選択は、国の制度によって大きく影響されることがありそうです。



シングルマザーの支援制度とコミュニティー


シングルマザーへの支援は自治体ごとに異なります。法律で生活が守られるためのルールが定められていますが、これを上手に活用することが重要です。たとえば、児童扶養手当などの支給が受けられるはずなのに、役所の誤った対応で受け取れないケースもあるようです。知識の有無が、個人を守れるかどうかを左右することがあるのではないでしょうか。


シングルになる理由は離婚だけではありませんが、親権争いにおいては、子どもへの愛情よりも養育費や慰謝料を諦めさせるために親権を主張することがあると言われています。また、シングルではないにもかかわらず、シングルマザーの給付金を受けるために、母子手帳には父親の名前が記載されていない一方で同棲している人など、倫理や法律に反する行動をとるケースも存在します。シングルマザーと一口に言っても、その状況はさまざまです。ルールをうまく活用する人もいれば、ルールを知らずに手当を受け取れない人、さらには制度を悪用する人もいます。


自治体の支援制度を活用して生活を整えることも一つの方法ですが、法律がすぐに変わることは期待できません。そのため、育児を支えるコミュニティとつながることが大切です。問題を共有し、話し合いながら消化できるコミュニティとつながることで、より良い環境を築けるのではないでしょうか。



家族像のステレオタイプを超えて


それぞれの心の中には理想的な家族像が存在し、典型的な「いいママ」や「いいパパ」のイメージに自分を重ねることで、自分を卑下してしまうことがあります。脚色されたステレオタイプの家族像からどのように自分を解放していくことができるのでしょうか。国としては少子化を食い止めたいと考え、第三子大学無償化(2025年〜)などのルールを設けることで、国全体をその方向にコントロールしています。しかし、理想的な家族像に対応した制度だけが整っていても、各自が自分に合った家族像を描くことは難しいでしょう。制度だけでは根本的な問題は解決できませんが、それぞれが自分の「ママ像」や「パパ像」を自由に思い描けるようになることが重要です。


また、長男としての理想像が子どもに押し付けられることもあります。「長男だから」「男の子だから」という理由で、その場を納めるケースを見かけることも少なくありません。長男という役割を与えることで対話の手間が省かれることがありますが、その対話を怠ると、誰かの抱く男性や女性の理想像に押し込められる危険性があります。男は働き、女は家事を頑張るという明確な役割分担が存在した時代は終わりました。今こそ、それぞれが自由に役割を選択できるための対話が欠かせません。男だから、女だからという理由ではなく、あなただからという対話によって、ジェンダーロールを乗り越えていけるのではないでしょうか。



今後の課題


今回の議論を通じて、多様化する家族を支援する制度の様々な国の事例を学ぶことで、子どもの福祉を優先に考えた制度の整備が両軸共に整備されていかなければならないのだということを知りました。同時に法律の整備だけでなく、コミュニティーの力で多様化する家族とこどもとどう向き合っていけばいいか考えていく必要がありそうです。

具体的には、以下の点が重要だと思います。


  1. 同性カップルの権利と選択肢の拡充

    同性婚が認められていない現状で、養子縁組や里親制度の活用がされていますが、これに伴う法律の整備が必要です。同性カップルが法的に安定した親子関係を築けるよう、制度改革の議論が進められることが期待されます。


  2. 不妊治療に関する法律の整備

    不妊治療や代理母出産に関する法律が国によって異なるため、子どもの福祉を最優先に考えた制度の整備が必要です。


  3. 家族のステレオタイプに対する意識改革

    典型的な家族像や役割に縛られず、各自が自分に合った家族像を描けるような文化を育むことが必要です。これには、社会全体での意識改革が求められ、ジェンダーロールに関する対話が欠かせません。


これからも、ジェンダーロールを乗り越えるための対話をつづけていきたいと思います。


まとめ:ダンシロウ



参考文献:


「あれも家族これも家族 個を大事にする社会へ」福島瑞穂(ふくしまみずほ)著
第3章 子どもをめぐって

家族の多様化をテーマに、ジェンダー平等と個人を尊重する社会の在り方を、法律や制度の説明を交えながら考察する一冊。


著者紹介:

日本の政治家・弁護士で、ジェンダー平等や人権問題に取り組む。社会民主党のリーダーとして、弱者や少数派の権利を守る政策を推進。著書では、多様な家族のあり方や社会変革の必要性を訴える。



2024年8月17日 土曜日
参加者数:3名

父親の育休が当たり前に?育児の理想と向き合って


最近、父親が育児休暇を取るケースが増えてきています。3日と短期間のものから1年と長期のものまで、今では父親の約半数が育休を取得している印象があります。これは喜ばしい変化ですが、父親たちがその期間中、母親とケアをうまく分担できているかどうかは、まだ疑問が残ります。
多くの父親が育休中に理想の親子関係を築くことを期待していますが、実際には、期待と現実のギャップに悩むケースが少なくありません。母乳育児など、生物学的に母親しか担うことのできないケアがあるのは事実ですが、それが家事や育児全般の負担を母親に偏らせる理由にはなりません。育児休暇制度は、こうした負担の不均衡を解消し、父親がより積極的に育児に参加できるようにするためのものです。父親が家庭進出するためには、夫婦で具体的な話し合いのもと、ジェンダーロールにとらわれないケアの分担方法を模索していかれたらいいのではないでしょうか。


「母親業」という言葉をどう考えるか?


母親が子どもに施すケアや育児を「母親業」と呼ぶことで、その役割を明確にし、他の人もその役割を担えるようにする意図がこの言葉にはあるのかもしれません。しかし、この言葉には、母親を解放する一方で、「やっぱり母親がすべきこと」という固定観念を強めてしまうリスクもあるのではないかと感じています。
例えば、男性の同性カップルが育児をする際、「母親がいないこと」が問題視されることがありますが、これは「母親」という役割が特定の性別に固有であると考える固定観念に基づいています。家事や育児を「家事労働」や「ケアワーク」と表現することで、家庭内のケアがより広く評価されるようになる一方で、こうした役割を特定の性別に限定する考え方はまだ根強く残っているようです。
もちろん、家事労働を専門職に任せるという選択肢もあります。プロの手を借りることで、家庭の負担を軽減できるのは確かです。しかし、だからといって、それだけで夫婦間のジェンダーに関する問題が解決するわけではありません。
例えば、保育士の方が男性だったとしても、家庭のケアを他の人に任せたからといって、伝統的なジェンダーロールが消えるわけではありません。専門職のサポートを受けることはとても重要ですが、それだけでは不十分です。ジェンダーロールを本当に乗り越えるためには、パートナー同士が「ケアワーク」のあり方を共に考え、協力し合うことが、ジェンダーロールを乗り越えた新しい「家事労働」を築く鍵だと思います。

育児は母親だけの仕事ではありません。父親や他の人たちも積極的に育児に関わるためには、ジェンダーに縛られずに皆がケアに関与することで、より豊かな家庭環境が築かれるのではないでしょうか。


価値観の多様化とケアの分担について考える


性の多様性が広く認められるようになり、それに伴って男女それぞれの価値観にも大きな変化が現れてきました。以前は、社会が押し付けてきた男女の役割に従うのが当たり前でしたが、今では個人の価値観が尊重され、人生の選択肢も広がってきています。

かつては、社会的な価値観と個人の価値観が同じ方向を向いていましたが、今ではその二つが異なる方向を向くことも増えてきました。例えば、家父長制とジェンダーの関係は根深く、長男の嫁が義理の親のケアを期待されることもありました。嫁が家庭の一員として認められるために、ケアを担うことが求められていたのです。社会の価値観と個人の価値観が一致していれば、そのケアワークに生きがいを持てるため、疑問を感じることなく親の介護ができる人もいます。
しかし、現代では社会の価値観よりも、個人の価値観を重視する人が増え、従来のジェンダーの固定観念に違和感を覚える人も多くなりました。これからは、ジェンダーに縛られない生き方が選択できる時代になりつつあります。ケアを誰もが分担し、みんなで支え合うことができる社会が広がっていくことを期待しています。


同性カップルの育児: 性別にとらわれない分担


同性カップルを「夫夫」や「婦婦」と表現することがありますが、こうしたカップルでは、育児のケアワークは平等に分担されているのでしょうか。同性カップルに「どっちが男役?」と尋ねる人もいますが、同性カップルが育児において、父親役や母親役といったジェンダーロールに沿った役割分担をしているとは限りません。
例えば、料理が得意な方が食卓を整える場合、それが「女役」というわけではありません。得意なことや不得意なことに基づいてケアワークを分担することは、性別に基づく「男役」「女役」とは関係ないのです。
夫婦関係でも、得意不得意をお互いに話し合い、適性に基づいて分担することが大切です。でも、たまにはそうした適性にとらわれず、お互いに自由にケアワークを助け合うことができる関係が理想的だと思います。


今後の課題


今回の議論を通じて、育児におけるジェンダーロールの問題は、単純に「父親も育児をすべきだ」と言うだけでは解決できなさそうです。
具体的には、以下の点が重要だと思います。

  1. 育児休暇の活用方法の再考: 父親が育休中にどのように母親とケアを分担するかについて、学び考える機会を設ける。単に父親の育児休暇の取得を促進するだけでなく、どのように育児に参加するかを話し合う機会を設ける。
  2. 「母親業」という言葉の再定義: この言葉を、母親だけの責任とするのではなく、社会全体で支えるべき役割として再定義することが求められます。これにより、家事や育児の分担が家庭内でより平等になることを目指します。
  3. ジェンダーバイアスの克服: 育児や家事におけるジェンダーバイアスを克服するためには、教育や啓発活動が不可欠です。家庭内だけでなく、社会全体が変わっていく必要があります。この読書会を通して少しづつ理解を深め、変化を起こしていかれるきっかけとなることを願います。

これからも、家庭内はじめ様々な場面での役割について議論を行い、ジェンダーロールを乗り越えるための具体的な方法を模索していきたいと思います。

まとめ:ダンシロウ



参考文献:

1.「ケアの倫理」岡野八代 (おかのやしろ) 著

女性や弱者が担ってきたケア労働の社会的・政治的な評価の低さを問題提起し、ケアを中心に据えた新たな社会の在り方を提案している一冊。

著者紹介: 
日本の政治学者で特にフェミニズム理論や政治思想、ケアの倫理に関する研究で広く知られている。1967年生まれ。現在、同志社大学の法学部教授を務めています。


2.「パパの家庭進出が日本を変えるのだ」 前田晃平(まえだ こうへい) 著

父親が家庭でのケアや育児に積極的に関与することで、家庭内のジェンダー平等が進み、結果的に職場や社会全体においても男女平等が促進されると具体的なエピソードやデータを交えて説かれている本。

著者紹介: ジェンダー研究や社会学を専門とする日本の研究者で、特に男性の育児参加や家族におけるジェンダー平等に関する研究で知られています。子どもの権利を守るNPO所属。



次回の課題図書:

「あれも家族これも家族 個を大事にする社会へ」
福島瑞穂(ふくしまみずほ)著


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